歳を重ねると親がしていたことの意味と付き合うことがある。
寝る前の湿布とかTVで見た健康情報を試すとか、主にそういったことが最たるものだと思っていたけれど、ふと思い出す記憶の断片から引かれることもあるらしい。
うちは裕福でも貧乏でもなかったと思うが、果物が食卓に並ぶことは稀有であった。
そもそも私があまり果物に興味がないことが理由としてが大きいのだけれど、仏壇に供えてあったものはたいてい甘党の祖父が食べていたし、頂き物のビワやら柿やら、率先して皮をむくのも祖父か父だった。
キライと言うこともなければ憧れの存在だったわけでもない。(でもお弁当に果物が入った小さな容器を持ってきている子には憧れた)
ただなんとなく、果物全般を食べていなかった気がする。
そんなもんだから大人になってからも自分で果物を買うことはあまりない。
お通じの便りが欲しい時はリンゴを買うこともあるけど、以前のように1個98円でない限り見送ってしまうことがほどんどで、もちろん甘みたっぷりのフルーツ缶なんかも手に取ることはない。
それでもスーパーの1等席にある果物を見て季節の流れを感じるとか、甘い香りに贅沢な気持ちになる程度の風情はある。買わないだけ、食べたがらないだけ。
ただ例外として一つだけ、この頃の季節になると母が一度は手に取るものがあった。
それがアメリカンチェリーである。

40代で急逝した叔父の大好物だという。
母のたった一人の弟の好物を見つけると必ず「てっちゃんにあげよう」と買うから、スーパーでアメリカンチェリーを見つけるたび母に報告するのが季節の風物詩だった。
正直ものすんごく美味しい訳ではないし、皮も硬いし、何がそこまで・・・と思うけれど、叔父が好きだったものを食べるのはなんだかとっても大人びた行為な気がして、いつ仏壇からおろすのかソワソワしていた記憶がある。
でもあまり食べなかったことも覚えている。
大玉のトマトを見るとたっぷり砂糖をまぶしてかぶりつく叔父を思い出すし、着色料で光るニッキ水を見ると祖父を思う。
紙パックのいいちこを見れば祖父を、ハブ酒を見れば祖母を。
食と人の思い出は安易ながらずっしりと忘れられない記憶となって、いいんだか悪いんだか、スーパーでふと思い出させる。
アメリカンチェリーを自分で買うのはとても久しぶり。
毎年思い出しはすれど、財務大臣が首を縦に振らないもんだから仕方がない。
・・・などと書きながら食べ終わったけれど、お供え物としてそんな雰囲気のことをするのをすっかり忘れていた。しまった。
そんなことで文句を言う叔父ではないだろう、といいように解釈して手を合わせておく。
てっちゃん、間違っても食べられなかったからって夢枕に立つようなことはやめてよー。
